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無題 - 0501

早く、早く!


針の捩れた時計を持った白ウサギに急かされる。
もう時間がない。早くしないと。

その一方で、俺の体は鉛のように重くなってきていた。


「…くそっ」


もっと、早く、速く、疾く、捷く…!!


呪いかまじないか、呟けば呟くほどに視界が狭まっていく。きゅう、と網膜が音を立てて縮む。アドレナリンがさっきから無駄に放出される。ああ、ここはアドレナリンが必要な場所じゃないってのに…!

言っている間にタイムリミットは刻々と近づいていた。


ああ、くそっ。
あと少しなのに、どうしてその一歩がっ…!!
 
 
 
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[タグ:物書き、チラ裏以下]

無題A - 00?

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「…どれほど時間を無駄にすれば気が済むの?」
 

いつか見た光景。あの日と同じように、僕はまた彼女にマウントポジションを取られ、命の主導権を彼女に渡してしまっていた。


ギリっ…


彼女が顔を歪めた。首筋に食い込む爪が、恐ろしく痛い。鈍感な僕だったが、今度という今度は明らかな殺意を感じとっていた。


「あの日…。私はあなたを殺そうとした。そうすれば初音は生き返ると思っていたから。でも違った。あなたを殺しても初音は生き返らない。そんなことはわかってた。あなたの時間は初音の時間じゃない。あなたの時間を奪っても初音の時間には、ならなかった。」

食い込む爪が少しゆるんだ。この隙に息を少し補充した。


「そんなことはわかっていた。」


あの日を思い返しているのだろう、落ち着いた声で彼女はつぶやいた。自分に言い聞かせるように。


「でも、あなたが許せなかった。」


彼女は指先に力を込めた。


「あなたが無駄にするこの一瞬は、あの子が必死に生きようとした一日。あの子が戦ってる横で、アンタは惰眠を貪り、菓子を食い、暇だ退屈だとくだらないことに時間を費やした。…いえ、潰してた。

 わかる? あの子がどんなに欲しいと願い足掻いても得られなかった『時間』を、あんたは潰していたのよ。誰かにだけ多いわけじゃない、誰にも定められた量しかない、誰しもが欲しいと願い手に入らないそれを、アンタは毎日惜しげもなく潰してきた!! 初音の前で!!

 …これがどれほど残酷なことか、わかる…? 欲しいものが目の前にあるのに与えられない。しかも、その欲しいものは自分の目の前でどんどん潰されていく。あの子はどうだったかわからないけれど、私は気が狂いそうだったわ…! もし出来るなら、アンタの時間をすべて奪ってあの子に差出したかった! そのためなら私の残りの時間なんてどうでもよかったのよ! アンタが、アンタがアンタの時間を差し出さえすれば…!!」


彼女は泣いていた。
ぐ、と呻き声をあげるだけで精一杯の僕の顔に、一粒また一粒と涙がこぼれ落ちてきた。


涙でぐしゃぐしゃの顔をしながら、しかし。
彼女はそれを首だけで払った。


「…でももう、終わったこと。そんなことは叶いっこないのは、はじめからわかってた。何かにすがりたかったのよ、それがたとえ愚かな妄想でも奇跡と呼ばれるものだったとしても。
 だからそんなことはもうどうだっていい。私はアンタを殺す。アンタみたいな時間を無駄にするヤツを殺す。そうすれば、初音と同じように苦しむ人も、少しは減るでしょう…?」


「……ッ」


もはや酸素の足りない脳みそでは彼女のセリフに反論することも聞きとることもできない。僕の首を抑える彼女の腕を掴むが、まるで力が入らない。彼女はいまや嗤っているようにさえ見えた。
…このままじゃ、本当に、死ぬかも…。


「いいんじゃない? アンタの人生、無駄にできるほどあり余っていたんでしょう? だったら今後無駄にする分、先払いしておきなさいよ…!」
 
 
 
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[タグ:物書き、有限時間]

無題A - 001

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いったい、どんな選択肢を選べば、この時間に辿り着くのだろう。

知り合いが入院している病院へと見舞いに出かけた僕は、気づけば見知らぬ少女に首を絞められて殺されかかっていた。

 
「…アンタが生きてるせいで、初音は…っ!」
 

髪を振り乱して必死の形相で首を絞められている。彼女の向こう側に白い天井。本当はもっと慌てなくちゃならないんだろうけれど、突然のこと過ぎて自分の置かれている状況がいまいち把握出来ていない。ただ、苦しくて、そんな思考さえ霞がかってきていて、ああ――、落ちる――…。

このまま僕はポカンと阿呆面下げながら死んでいくのだろうか。
それもいいかもしれない。どうせ大して意味のある人生ではなかったのだし。

そのとき僕は気持ちの悪い諦観の笑みでも浮かべていたのかもしれない。
僕の首を締めていた少女ははっとして手を緩めた。

 
「…どうして…あんたたちって…、どうして…っ!」
 

いったん緩められた手だったが、自分の言葉に激情して最後の一絞りをするがごとく、グっ、と手に力を込める少女。あ、ヤバいです、それ、マジで死ヌっ…!!

僕がギブアップする直前、突然に彼女の手が離れた。わっ、と彼女が両手で顔を覆って泣き出すのと、ゴツン、と病室の床に僕の頭が落ちた音が響いたのは同時だった。

 
「どうして…そんなヘラヘラしてるヤツが生きてられるのよ…? どうして真面目に生きてる子が、生きられないの…?」
 

視界をぐるぐると回る星たちを追い払いながら、そんな呟きが聞こえた気がした。

…彼女はもう大丈夫、かな…?
少し頭を起こして確認した。うん、敵、戦意喪失。
これで僕は安心して死ねる―。

病室に、ゴツンと二度目の音が響き、僕は気絶した。
 
 
 
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[タグ:物書き、有限時間]

無題 - 004

カバンからモバイル端末を取り出す。
これを忘れると大変なことになる。これを忘れて『ゲート』を不意にくぐってしまうと、元の世界に戻ることは絶望的になる。

『ゲート』は常に一対で現れた。たとえば、西暦2100年と2000年をつなぐゲートがある場所に現れたとすると、同時にどこかでは西暦2000年と2100年をつなぐゲートが現れる。この辺は世界が安定であるための必須条件らしいのだが、そのあたりは私にはよくわからない。

私が今することはその理論を学習することでなく、元の時間に戻るためのゲートを探すことだ。

端末は元居た時間につながっている。これは同時にこの世界のどこかに元の世界につながっているゲートが存在していることを示す。そのわずかな繋がりから情報を拾ってきてこの端末はその繋がっている場所を示してくれる。『時空の神隠し』以降、こういった事故を防ぐための必須アイテムとなってしまったもののひとつだ。

「えーと…。」

マップに表示させる。ここから…、6駅先の近くにある民家のようだった。

「げ、民家…。」

最悪だ。しかし一番近いのはそこだったし、ゲートの気が変わらないうちにさっさとくぐらなくては。
私はちょうど青になった交差点の信号を見やりながら、駅へと急ぎ足で向かった。
 
 
 
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[タグ:時間旅行、日常の向こう側、物書き]

無題 - 003

『ゲート』と、今の人は単に呼んでいる。

それは時間の歪みを持つ、特異点。
そのゲートを境にして、時間は非連続につながっている。

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今から15年ほど前、これら時間旅行する技術が確立された。
もともとは学術の研究向けの技術で、過去の歴史や史実をこの目で確かめたいという夢と時間旅行をいつかこの手でとの夢が合致した結果、生み出された。

生み出された、と言っても、多くの科学技術がそうであったように、半分以上偶然の産物だった。
膨大なエネルギーを閉空間に閉じ込めそれを十分小さなゲートに向けて一気に開放することで一時的に時空を歪ませる、という体当たりな技術ではあったが、この方法により時間軸を歪ませ、対象物を別の時間へ送ることが可能になった。


この時間旅行が可能になったという壮大なストーリーは、いまや全世界の小学校の教科書に載せられていると思われるほどの、人類の偉大なサクセスストーリーとして語り継がれる事になる。コンピュータ以来の発明だとされた。

だが、人類が時間を自由に操るにはまだ時間が早かったと、歴史家は見ている。

それが今回の事件につながる。全世界、この時空のありとあらゆる場所で大発生した『時空の神隠し』である。
 
 
 
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[タグ:物書き、時間旅行、日常の向こう側]

無題 - 002

昔、タイムマシンなんてものが考えられた。過去や未来を自由に行き来する、理想のマシン――。

それは人類の夢想した幻想だった。

それができればどんなに素晴らしいだろうと、人類は夢をふくらませた。

それは、この時代になってあるいは叶ったのかもしれない。
私はたった今、それをした。単にどこにでもある自動ドアをくぐって、それをしてしまった。

ただ、昔の人が想像したそれとは大きく異なるかもしれない。
私は、ただの20日間分の時を遡っていた。

「…あー、めんどくせぇ。」

恨めしげにその自動ドアを見やった。はぁ、とため息まで出る。
元の場所に戻らなければならない。のだが、あの自動ドアをもう一度くぐるだけでは元の時代に戻してくれる保証が無い。またまったく違う時間に飛ばされる可能性があった。保証されているのは、おそらく場所は元の場所だろうということだけだ。
 
 
 
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[タグ:物書き、日常の向こう側、時間旅行]

無題 - 001

扉をくぐり、交差点に出た。
数台の車が行き交う、地方都市の幹線道路。


「――あれ、」


陽射しに灼かれてか、自分が今どこにいるか、失念した。
GPSを取り出す。
ピッ、と機械音がし現在地を表示した。


 [2045年4月10日13:10:25 東経138.55度/北緯72.24度]


やっぱり、と思った。少しだけ時間がずれている。なんとなくあった違和感の正体はこれだったようだ。

後ろを振り返る。本屋の自動ドアが見える。ここから私は出てきて、そして別の時間に飛ばされた。最近よくある事とはいえ…、ちょっと多すぎやしないだろうか。
 
 
 
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[Tag:物書き、時間旅行、日常の向こう側]

移行します

毎度~、お世話になってます。狼火です。
あーもはやこのサイトもすっかり更新せず。
というわけで、何度目かの移行告知です。

7番街のStrayCat
http://straycat7th.blog.drecom.jp/

HTMLを手直しできる日が来れば、またこのサイトにも手入れしていきたいんですけどね・・・。
しばらく別のブログにシステムを任せてみます。

お手数ですが、未だにお気に入りで確認していただいていた方々には、移行をお願いいたします。

フリーソフト今昔・日本の誇るフリーソフト(過去篇)

私が思う、日本の誇るフリーソフトは3つある。
Susie、LZH、最後はフリーソフトとは異なるが、統合アーカイバプロジェクトである。

・・・紹介しておいてなんなんだが、下手をすると今や知られていないものばかりだ。
ではまずは知名度が一番“マシ”であると思われる「LZH」に関して。


LZH
LZH、これは圧縮形式のひとつで、「吉崎栄泰氏が開発した国産の圧縮形式」とはもはや枕詞化している。参考→http://e-words.jp/w/LZH.html
そのころはまだDos画面で解凍するようなスタイルではなかったかと思うが、そんな時代のものが未だに現役であることに驚愕する。はっきり言ってこのソフトくらいではないのか。

このLZH、普及しているのは国内のみである。世界的にはまったくと言っていいほど通用していない(今まで様々DLしてきたが海外サイトでお目にかかったことは一度もない)。
世界的には(少なくともWindows&英語圏では)ZIPが主流なようで、そのあおりを受けて国内でもZIPに道を譲っている感はある。それを後押しした遠因の一つはWindowsXPに搭載された「圧縮フォルダ」で、1%くらいは影響度があるはずだ。あれのおかげでアーカイブソフトをインストールすることなくZIPファイルが解凍できるようになった。
だが、そんなご時世でありながらMicrosoftさえも、LZHには敬意を表した。圧縮フォルダとしてLZHを使用可能にしたのである。
http://support.microsoft.com/kb/896133/ja
これが露骨に日本向けであることは、英語版のナレッジベースが用意されていないことからもわかる。日本の一介の圧縮解凍形式は、天下のMicrosoftを動かすほどであったのである。


統合アーカイバプロジェクト
同様に、アーカイバに関するものとして統合アーカイバプロジェクトを紹介したい。
よくアーカイバソフトをダウンロードするとまれに、「圧縮/解凍のためのDLLは別途ダウンロードしてください」といわれることがある。インターネットに接続していない環境だったりダイヤルアップの時はこれが非常にムカついたものだが、この、「圧縮解凍DLL」と「アーカイブソフト」の分離こそがこのプロジェクトの目的としたことである。

このアーカイバプロジェクトは、アーカイブを扱うためのDLLを統一したAPIで扱えるようにすることを目的としている。このおかげでソフトウェア開発者は圧縮・解凍に開発工数を割くことなく、UIの開発に専念することができる。(参考:通信用語の基礎知識 - 統合アーカイバプロジェクト

そのため、日本のアーカイブソフトの多くは、適当に作ったソフトでも無駄に多くの形式に対応させることが可能になった。ZIP、LZHは言うにあたわず、RAR、TAR、ARJ、GZなど、およそ普段手に入らないような圧縮形式にまで対応することができたのである。これはひとえにこのプロジェクトのおかげである。
そうして私はもう一点良いところを挙げたい。このおかげで、多種多様なアーカイバが生まれたことである。
中にはジョークソフトのようなものから中途半端なものまで種々あるが、そういった中でフリーソフトの数が徐々に増え、現在のようなフリーソフトを自由に使える下地ができたのではないかと考えている。


Susie
統合アーカイバプロジェクトは、たくさんの形式を統一した形式で扱おうとしたプロジェクトであった。私はこういう「共通インターフェース」を用いることで様々な形式がひとつのソフトウェアで扱える、というのが好きなのかも知れない。このSusieもそういったソフトウェアで、これは画像ファイルを扱うためのソフトである。

画像閲覧ソフトなどでは「別途Susieプラグインを用意してください」などと求められることがある。このSusieプラグインこそは、世の種々の画像を扱うための統一されたDLL群なのである。
JPEG、PNG、BMPなど、プログラム開発にあたって利用するには一癖あった様々な形式だが、このSusieプラグインを利用することにより、一手に扱うことができるようになった。
特徴的なのはそれだけにとどまらなかったことである。
一部で代表的な使われ方をしたのは、PCゲームの画像を吸い出すためであった。通常、ゲーム画像などは個別に格納されておらず、まとめられていることが多かった。あるいは悪用を防ぐため、ヘッダを書き換えるなどして別の形式と認識させていることが多かった。
これを、DLLを用いてJPEG等認識可能な画像として読み込むことで、Susieプラグインに対応したソフトで読み出すことを可能にしたのである。さらに、暗号化された画像を読み出したり、圧縮ファイルの中か空直接読み出したり、フォトショップのレイヤーを読み込んだり、PDFを読み込んだり、と、本当に様々なプラグインが開発された。
そんな様々な妙な形式を、その形式に対応したSusieプラグインと、Susieプラグインに対応したソフトウェアがあればシームレスに、ファイル形式を気にすることなく読み込むことができたのである。
そしてこれは日本の一人の開発者の手によって作り上げられた。これは、日本が誇るべき技術であろう。


かつて、日本にはこのような、国内みなが知っているような技術やソフトがあった。いわゆる「国民的フリーソフト」とでもいうようなものである。
今やフリーソフト春秋戦国時代。フリーソフトが現れては消え、また新しいフリーソフトが生まれる。
そんな中で、生き残ってきたソフトウェアたち。
古くさい、と思いつつも、それだけ長い間指示されてきた理由があるのだと思うと、感慨深い。

足を洗った

足を洗った。

それはもう、綺麗さっぱり。

少なくとも心意気はそのつもりだった。

一番大きかったのは、時間がそれを許さなかったこと。

結局の所、空白の時間を満たすための行為であったそれであったので、その空白が亡くなった結果、意欲的に求める必要はなくなったのだ。

だから、私はその世界から足を洗った。


・・・そう思って、いた。

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縁は異なもの、という。

人の縁とは不思議なもので、切れたと思ってもまた偶然に繋がる縁もある。長く続くと思ったはずが不意に切れる縁もある。

モノもまた同様。
切れたと思った縁が、不意に繋がる。

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類は友を呼ぶ、という。
また、持つべきものは友、という。

吉報は得てして、自ら探し求めるのではなく友人からもたらされることの方が多い。
とくに趣味の合う友人を持つと最強だ。同じ趣味に関する情報が集まり、その趣味はより充実するだろう。

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そうして私はパンドラの箱を開けた。


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パンドラの箱。
開けるべきでなかったその箱は、私の友人からもたらされたものだ。
趣味を暴露したところ、これは良いものだから、と持たされた。

きのこだった。

ああ、と思った。あああ、と思った。
足を洗ったのだ。きのこが描き出す、境界と魔術と吸血鬼の跋扈する幻想の世界からは足を洗ったのだ。

だが、この手元には、幻想の世界へ誘う3種のきのこ・・・。


パンドラの箱は、開かれた。

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話は、実はさほど難しくない。
依存性があるからきのこは足を洗うべきもので、その依存性に打ち勝つだけの気合いと気力があるのならば、少し囓るくらい何の問題もないのだ。

そう思って、封を開ける。

そうしてそれこそが、パンドラの箱の本懐であったと知る。

トレイに銀色の円盤を載せる。
収納させるとすぐに映像は開始された。


嫌な予感はしたのだ。
円盤は2枚セットだった。
だが1枚は映像のみがセットされ、一枚には音楽のみがセットされていた。

サウンドトラック。
サウンドのみを切り出したディスク。
サウンドトラックになるに値するアーティストは限られている。

そうしてキャストを見ながら、彼女だったら死ねるなー、と思った。

そうして、その文字が目に入った。

・・・そのとき夕飯をしていなかったことを、本当に感謝した。そうして誰もいなかったことを。
盛大に吹き出した私は、モニタをぬぐいながら予感が当たったことを後悔していた。

この組み合わせ。キノコに、この音楽、xxplex。
それは私を屠るのに十分すぎ、私はパンドラが様々な厄災が飛び出すのを呆然と眺めていたときの顔そのままだったに違いなかった。

もう、止められない。

慌てて箱を閉めたところで、すべては出てしまったあとなのだ。

止められないのならば、ポジティブに考えるしか、逃げ道はない。
そうして私はDVDの再生ボタンに手をかけた。
まずは、そう、すべてはこれから始まった。

「空の