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「…どれほど時間を無駄にすれば気が済むの?」
いつか見た光景。あの日と同じように、僕はまた彼女にマウントポジションを取られ、命の主導権を彼女に渡してしまっていた。
ギリっ…
彼女が顔を歪めた。首筋に食い込む爪が、恐ろしく痛い。鈍感な僕だったが、今度という今度は明らかな殺意を感じとっていた。
「あの日…。私はあなたを殺そうとした。そうすれば初音は生き返ると思っていたから。でも違った。あなたを殺しても初音は生き返らない。そんなことはわかってた。あなたの時間は初音の時間じゃない。あなたの時間を奪っても初音の時間には、ならなかった。」
食い込む爪が少しゆるんだ。この隙に息を少し補充した。
「そんなことはわかっていた。」
あの日を思い返しているのだろう、落ち着いた声で彼女はつぶやいた。自分に言い聞かせるように。
「でも、あなたが許せなかった。」
彼女は指先に力を込めた。
「あなたが無駄にするこの一瞬は、あの子が必死に生きようとした一日。あの子が戦ってる横で、アンタは惰眠を貪り、菓子を食い、暇だ退屈だとくだらないことに時間を費やした。…いえ、潰してた。
わかる? あの子がどんなに欲しいと願い足掻いても得られなかった『時間』を、あんたは潰していたのよ。誰かにだけ多いわけじゃない、誰にも定められた量しかない、誰しもが欲しいと願い手に入らないそれを、アンタは毎日惜しげもなく潰してきた!! 初音の前で!!
…これがどれほど残酷なことか、わかる…? 欲しいものが目の前にあるのに与えられない。しかも、その欲しいものは自分の目の前でどんどん潰されていく。あの子はどうだったかわからないけれど、私は気が狂いそうだったわ…! もし出来るなら、アンタの時間をすべて奪ってあの子に差出したかった! そのためなら私の残りの時間なんてどうでもよかったのよ! アンタが、アンタがアンタの時間を差し出さえすれば…!!」
彼女は泣いていた。
ぐ、と呻き声をあげるだけで精一杯の僕の顔に、一粒また一粒と涙がこぼれ落ちてきた。
涙でぐしゃぐしゃの顔をしながら、しかし。
彼女はそれを首だけで払った。
「…でももう、終わったこと。そんなことは叶いっこないのは、はじめからわかってた。何かにすがりたかったのよ、それがたとえ愚かな妄想でも奇跡と呼ばれるものだったとしても。
だからそんなことはもうどうだっていい。私はアンタを殺す。アンタみたいな時間を無駄にするヤツを殺す。そうすれば、初音と同じように苦しむ人も、少しは減るでしょう…?」
「……ッ」
もはや酸素の足りない脳みそでは彼女のセリフに反論することも聞きとることもできない。僕の首を抑える彼女の腕を掴むが、まるで力が入らない。彼女はいまや嗤っているようにさえ見えた。
…このままじゃ、本当に、死ぬかも…。
「いいんじゃない? アンタの人生、無駄にできるほどあり余っていたんでしょう? だったら今後無駄にする分、先払いしておきなさいよ…!」
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